第三回:「お能と狂言はどう違うの?」
日頃、能楽に馴染みのない方から頂く質問の一つに、
「お能と狂言の違い」があげられます。
能楽に馴染みのない方は、なんとなく、豪華な衣装を着て、お面を被って、
動きのない退屈な舞台を想像していらっしゃる方が多いとは思いますが、
一度その舞台に触れたとき、
「お能」と「狂言」の違いは一目瞭然となるでしょう。
今回はお能と狂言、二つの特徴、そのストーリーの違いについて
お話ししたいと思います。

まず第一に、お能は主に「悲劇」のカテゴリーに括られる演目が多いのです。
ある人物が亡くなったあと亡霊となって、果たせなかった思いを告げに現世に現れる。
或いは、恨みを持った人物が鬼となって復讐に現れる・・・
もちろんそのような暗く、悲しい演目ばかりではなく、
華やかで祝祭的な雰囲気を持ったお能や、
動きの多い豪壮なお能、幽玄を極めた美しいお能もございます。
しかし、ここはあくまで狂言と対比する便宜上「悲劇」としておきましょう。

それに対して、狂言は明快に「喜劇」といって差し支えありません。
ほとんどが、滑稽な仕草や台詞、諷刺など、笑いの要素に充ちております。
お能の中における狂言の役割「間狂言(アイ狂言)」でさえ、
笑いのないお能の世界に、しばしば笑いを持ち込む役割を担います。
そして驚くべきは、その笑いの多くが、
狂言が成立してから数百年を隔てた現代でも通用するものが多いと言うことです。
社会制度は大きく変化し、大名も山伏も太郎冠者も、
すべていなくなってしまったのにもかかわらず、
舞台上に生きるかれらの滑稽な仕草や台詞、そして狂言の持つ独特な諷刺眼は、
現代のわたしたちにも笑いを呼び起こすのです。
先人たちの深い洞察眼、そして、それを現代まで守り通してきた伝統の力に、
私たちは感服せざるを得ないでしょう。 |